今日は、御歳80歳を超える
富山県護国神社の栂野(とがの)宮司が
私たちに、真実の歴史を

富山県護国神社併設の資料館にある、
遺書や手紙を

丁寧にご解説いただきながら
語り継いでくださった際の

大変貴重な動画を公開いたします。

※この動画はもしかしたら
 早期、公開を閉じる可能性もあるので
 お早めにご覧ください。


動画視聴リンクはメールの
 最下部にあります。

が、、その前に。


ご一緒に目を向けたいこと。

それは、


“「本土」は「沖縄」を捨て石にした。”
”沖縄だけが犠牲になって酷い目にあった”


こんな風に、操作して植え付けられた
誤った歴史が

まるで真実かのように
今でも教科書に掲載され、
沖縄の資料館に掲示され、
メディアは報じ続け、

沖縄の高校の校長先生が
6月23日の慰霊にあたり、

生徒に配ったプリントにも
そう書かれてる。。。

昨日のメルマガにも書かれていますが、
こんなことを信じ込まされてきた
日本人から、


真実に刮目する日本人に
私たちは
今こそならなければなりません。


——


アメリカ軍は1945年3月から
無差別爆撃を始めただけでなく、

人口が多い都市から狙って、
家畜以下にみていた
黄色人種=日本人に
精神的ダメージを与えるために、

180の都市に「目標計画順位」
までつけた上で、目標を達するために
無差別爆撃を繰り返していました。


そう、戦争のルールもへったくれもない
民間人を狙った計画的な殺戮行為です。


その中で、順位としては36番目に
爆撃が計画され、

1945(昭和20)年8月2日未明

B29によって
わずか2時間で50万発の
焼夷弾が投下され、

中心市街地の 99.5%が消失


草一本残らず、

真夜中なのに真っ昼間のように
空は赤く明るく燃え上がり、


命からがら、
川に飛び込んだ人すら

熱湯となった川の水に
火傷を負って死に絶えた、、、


そんな、


人口比率として
地方都市で最大の
地獄の惨状となったのが
富山県富山市が被った

富山大空襲です。


その富山からも
13人の若者が


特攻隊として知覧から
沖縄に飛び立ち
日本を守るために散華されています。


彼らが命を捧げ飛び立ってくださったのは
富山が空襲を受けたからではありません。

なぜなら、富山が大空襲を受ける前、
沖縄戦の最中だからです。

では、なぜ??


当然彼らは、順に爆撃されて
無惨に民間人が殺されていっている
日本の惨状を知らないわけがなく、


沖縄と本土の区別などなく、
ただただ、
同じ日本人、日本を守るために
飛び立ってくださいました。

そこに、

富山じゃないから、
本土じゃないから、
などの区別なんて存在していません。

愛するただ一つの故郷
日本のためでした。

栂野宮司がご案内下さったのは
その富山から飛び立たれ散華された
ご英霊の遺書や、遺品が


丁寧に大切に遺されている
資料館「遺芳館」です。

一人一人の、若者の人生に
想いを馳せながら

彼らが守ろうとしたもの、
願った未来を、


時に、涙を堪えながら
声を振るわせ、
語り継いでくださっているだけでなく、

私たち日本が受けた
原爆だけでなく、

空襲、大空襲とは
なんであったのか?


そのことについても
宮司がお話しくださっていますので、

ぜひこの週末のひとときに
ご覧いただき、

共に、我々の先祖と真実に
想いを馳せられればと存じます。

それでは、ご覧ください。

↓今すぐ見る↓
https://youtu.be/muNkHqUpEYE?si=eBXYwyk-zJK9tKBq