令和7年最後のご奉公
「しまんちゅ鎮魂の旅」
無事開催する事が出来ました。
ご参加頂きました皆様方。
送り出してくださった
ご家族・スタッフの皆様方。
メルマガやSNSなどで、
応援をしてくださっている皆様方。
深謝申し上げます。
岡山空港に
妻に迎えてもらい、
無事に自宅へ戻り、
静かな夜の中、
温かな布団に身を委ねながら、
この数日間を一つひとつ辿るように、
この文章を書きました。
暖かい布団で、
何の心配もなく眠れること。
それが、どれほど尊く、
どれほど有り難いことなのか─
沖縄で過ごした時間を思い返すほどに、
胸の奥から、
言葉にならない感謝が込み上げてきます。
──
今回の旅は、
最初から最後まで、
「特別」という言葉では足りないほどの
奇跡の連なりでした。
まず何より、
ねずさん、千晴ちゃん、そして私・武田という
この三人で沖縄を巡るという、
あまりにも珍しく、
あまりにも有難いトリオ。
「こんな組み合わせあるぅ〜?」
この巡り合わせに、
ただただ感謝しかありません。
──
波上宮では、
沖縄の神々にご挨拶させて頂いた後、
本殿の裏という
特別な場所を堪能させていただき、
年末にはお出ましになられない
大山宮司にもご挨拶できました。
一中学徒資料館では、
体調が優れない中にもかかわらず、
館長の特別講義のおかげで
17歳から14歳の子ども達が、
若い命を燃やされたお姿を
拝見しました。
館長のご年齢を思えば、
「来年も、
当たり前のように続けられる
とは限らない」
その現実が、
言葉以上に胸に響きました。
──
二日目。
夜明け前の摩文仁。
島守の塔から黎明の塔へ。
大雨に打たれることもなく、
静かに、ゆっくりと
慰霊を進めることができました。
そして、
私たちが屋根の下に入った、その瞬間─
嵐のような暴風雨が、
容赦なく大地を打ち始めました。
私自身、
あのような豪雨を
体験したのは初めてでした。
あの黎明の塔で受けた
横殴りの大雨は、
英霊となられた御霊からの
強く、優しい表現だったと、
私は感じてなりません。
「姿形はなくとも、
君たちの未来と共に
生きていますからね」
そんな声が、
雨音の向こうから、
確かに聞こえた気がしました。
──
続く、
小名木善行先生による特別講義。
我が国の未来は、
必ず良くなる。
その確信を、
確かな歴史と共に、
力強く示してくださいました。
そして、
YouTubeでいつも観ているポン❗️
「ねずさんの生扇子🪭」を、
この沖縄の地で拝見できたこと😊
画面越しではなく、
同じ空気を吸い、
同じ時間を生きながら
受け取る言葉の重みは、
まさに特別でした😊
──
そして最終日
轟壕へ。
あきらめかけてた壕に入れたことも、
主催者として本当に良かった
と思えましたが、
それ以上に
嬉しかった光景があります。
壕から出たその場所に、
千晴ちゃんが、
ずっと立って待っていてくれたこと。
そして、
参加者お一人おひとりに、
特別にお祓いをしてくれました。
その姿を見た瞬間、
私は思いました。
「千晴ちゃん、
みんなが出てくるまで、
ずっと祈っててくれたんだ…」
全員のお祓いを終え、
階段を上がっていく
千晴ちゃんの後ろ姿。
この旅のおかげで
見えない世界と
見える世界の両方から、
確かに私たちは守られていたのだと、
より強く感じました。
心から、
感謝しかありません。
──
旅の締めくくりは、
沖縄縣護國神社での正式参拝。
加治宮司から由緒のお話を伺い、
境内の木になる柚子🍊を冬至の前日に、
宮司の許しを得て丸かぶり😋
最後には、
宮司自らお見送りくださるという、
これ以上ない形で、
旅を結んでいただきました。
──
私は、
戦争や特攻隊の語り部として、
決してふさわしくないのかもしれません。
持論やギャグ、
感情を抑えきれない表現。
涙が止まらなくなり、
冷静に話す事が出来ない事も多々。
それでも私は、
今の自分に出来るすべてを、
出し切りました。
──
来年も、
その先も、
私たちの人生と、
我が国の未来は続いていきます。
私は、ここに約束します。
国民の一人として、
大きな世界観で大宇宙を呼吸し、
もっともっと肉体と魂を
躍動させて生きていくことを。
これからも、
私たちが企画する旅に、
どうかご参加ください。
慰霊の地で、
また皆さんと再会できる日を、
心から楽しみにしています。
冬至と上皇陛下のご生誕の日を超えた師走に
皆さんと、
そして英霊に、
深い感謝を込めて。
令和七年十二月二十四日
ホタル館 富屋食堂
特任館長 武田勝彦
PS
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