この春、おかげ様で
長男・大和が高校生になります。

長女・真由乃は中学生に。
次男・圭司も小学三年生。

こうして文字にすると、
たったそれだけの報告なのですが、

父親として、そして母親として、
この日を迎えられることが、
どれほど有り難いことか……

多くの子どもが大人になる事が
困難であった時代がほとんどでした。
過去、今以上に多くの両親が
同じ事に感謝をしていたんだと考えると、

感慨深い気持ちになります。

 

先ほど
大和が入寮のため、家を出ました。

大きな荷物を抱えながら、
いつもより少しだけ大人びた顔で
「行ってきます」と言う息子。

その横で、
妻がぽつりと呟きました。

「しばらくお別れかぁ……」

強い妻です。
三人の子を育て、
母の介護をして、
いつも頑張る人です。

でもその日だけは、
背中がとても小さく見えました。

台所に立ちながら、
何度も何度も
同じところを拭いていました。

きっと、
泣かないようにしていたのだと思います。

母親にとって、
息子が家を出るということは、

“成長”という喜びと、
“離れていく”という寂しさが、
きっと
同時に押し寄せる瞬間なのでしょうね。

私は、
「大丈夫だよ。
必ず自立して、
母さんの有り難みを知って帰ってくるよ」

と励ましましたが、
私も少しセンチメンタルでした。

 

そして――

本日3月19日は、私の父の命日です。

36年前のこの日、
私は中2の春休みでした。

父はくも膜下出血で、
突然、旅立ちました。

享年51歳。

長男の成人も見ずに。

両親は、
私と姉の間に
四人の死産を経験しています。

それでも、
「娘に弟妹を」と願い続け、
やっと授かったのが、私でした。

私が生まれた日、
父は病院中に響くほど泣きながら、
万歳をしていたそうです。

その父は、
私がまだ少年のうちにいなくなりました。

だからこそ今、
息子が高校生になる姿を見られることが、
どれほど尊いことか、
痛いほど分かるのです。

父が見られなかった景色を、
私は見ています。

父が歩けなかった未来を、
私は歩いています。

そして今、
私の息子が家を出る日が、
父の命日と重なりました。

父が――

「ここから先は頼んだぞ」

そんな声が、
どこからか聞こえた気がしました。

 

大和は家を出る前、
誰に言われるでもなく、
一人でご先祖様の前に座り、
静かにお経をあげていました。

命は必ず繋がっている。

父から私へ。
私から息子へ。

そして、
お母さんの祈りは、
必ず子ども達へ届いています。

お母さんたちへ。

毎日、
当たり前のように作るお弁当。
何気なくかける「気をつけてね」の一言。
夜遅くまで待つ玄関の灯り。

それは、
未来をつくる祈りです。

あなたの涙も、
あなたの笑顔も、
全部、子ども達の中に残っています。

そしてきっと、
いつか分かる日が来ます。

「お母さん、ありがとう」と。

父も、祖父も、
そのまたご先祖様も、
きっと同じ願いです。

ただ一つ。

「幸せでいてほしい」

それだけです。

この春、
私は父の命日に、
息子を送り出しました。

涙をこらえる妻の背中を見ながら、
命のバトンを、
そっと感じていました。

子どもが巣立つということは、
終わりではなく、

祈りが届いた証なのかもしれません。

 

今日も
日本中のお母さんたちが
玄関のドアが閉まったあと、
誰もいない台所で、
そっと深呼吸しているのでしょう。

でも、大丈夫です。

その祈りは、
ちゃんと届いています。

振り返らずに歩き出した
あの背中の中に。

ー武田勝彦

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