この度、
鹿児島知覧にて「さくらの集い」を、
無事に終えることが出来ました。

戦後80年を超えて
戦争を知らない我々が
感謝を持って語り継ぐこと。
それが、知った者の責任であるとして
毎年心を込めて開催させて頂いています。

全国各地からお集まりの皆様方
そして
この集いを陰で支えてくださった
すべての方々に、
心より深く御礼申し上げます。

私は
桜を見ると
どうしても考えてしまうのです。

満開の美しさ。
桜吹雪の儚さ。
四季折々の移ろう姿。
毎年咲き誇るしぶとさ。

桜とは、
我々大和民族そのものなのです。
その昔
美しく儚い桜を
人生最後に見上げた
大和の若者たちがいました。

「さくらの集い」は
国民の代表として
英霊を決して忘れないと誓う集いです。

まず
富屋食堂と深いご縁を持つ
靖國神社外苑・八千代食堂の
代表高取宗茂氏にご講話を頂きました。

西郷隆盛翁が眠る南州神社にて、
その御姿を仰ぎながら語られた言葉は、
どこまでも静かで、優しく、
そして深いものでした。

「それは受け入れる愛」

決して諦めではなく、
すべてを抱きしめる覚悟であると。

あの時代、母親たちは、
どれほどの想いで
息子を送り出したのでしょうか。

本当は、
「行かないで!」と
叫びたかったはずです。

我が子を抱きしめて離したくなかった。
それでも、
涙を見せずに送り出しました。

そのお姿を思うだけで・・・
全ては「受け入れる愛」です。

今回、私たちは
英霊となられた方々へ感謝を捧げるため、
知覧町護國神社・鹿児島縣護國神社・南州神社にて
慰霊祭および昇殿参拝をさせて頂きました。

静かに手を合わせるその時間。

命を懸けて守ってくださったことへの感謝。
ただただそれのみです。

感謝と報恩が我々の中心になれば
自ずと復興の道を歩むことが出来ます。

何故ならそれが、
我が国の神道そのものなのですから。

八百万の神様とご先祖様に感謝し、
日々を懸命に生きる。

本来、
それは特別なことではなく、
当たり前の営みだったはずです。

だからこそ私たちは祈ります。

神々に感謝し、
ご先祖様に手を合わせ、
家族が笑い合う。

それだけでいいのです。

しかし私たちは、
その“当たり前”を失ってしまいました。

戦争に負けるとは、
すべてを失うということです。

土地や制度だけではありません。

心を失い、
祈りを失い、
家族の意味さえも見失ってしまう。

それが「敗戦」なのです。

だからこそ、
二度と戦争を繰り返してはならない。

あの時代、
どれだけの母親が、
涙を飲み込みながら、
我が子を送り出したのか。

「どうか生きて帰ってきて」

その一言さえ口にできなかった時代を、
もう二度と繰り返してはならないのです。

しかし、万々一
再び戦争に巻き込まれるようなことがあれば――

その時は、
同じ悲劇を繰り返さぬ覚悟とともに、
絶対に絶対に負けてはならないのです。

今度こそ、
子どもたちに何も残せなくなるからです。

だからこそ私たちは、
英霊に感謝を持ち
戦争を繰り返さないために学びます。

なぜ起きたのか。
何と戦ったのか。
そして、これから何を守るのか。

それを知ることこそが、
未来の子どもたちを守ることに繋がるのです。

さくらの集いで神々に伝えた感謝を、
どうか忘れないでください。

そしてまた来年、
知覧の桜の下で、
少しでも強く優しくなった姿で、
皆様と再会出来る様に日々精進します。

深謝。

ー武田勝彦

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