私は現在、鹿児島知覧にある
資料館の特任館長として、
特攻隊の真実を伝える
かたりべをしています。

日々、英霊の言の葉を
1人でも多くの方々に届く様に
あの手この手で
伝え続けています。

書籍、講演、研修、SNS、
エンターテイメント等々。
最近は、
絵本制作に手こずっています💦

まさに、あの手この手です。

伝え続ける理由は、
特攻隊に対して
そして
その時代を生き抜いたご先祖様に対して
多大なる感謝を持っているからです。

感謝ではありません。
多大なる感謝なのです。

日本昔ばなしの
エンディングの歌じゃないけど、
温かい布団で眠れること。
家族と食卓を囲めること。
友人と笑い合えること。
その全ての背景に、
名前もなき誰かの努力や祈りがある。
特攻隊の史実に触れるたび、
私はそんな当たり前のことを
思い出させてもらいます。

人生とは、
「自分の力」で生きているように見えて、
本当は「おかげさま」で
生かされているのだと。

それが分かれば、
自ずと感謝が湧き上がります。

だから今日も、
こうして繋がってくださる
皆様に感謝しています。
本当にありがとうございます。

さてさて
今回は、私の若い頃の話をさせて頂きます。
22歳から始まった保険営業。
その中で、私は「天下を取った!」と
思った時期がありました。

今でもケツは青いですが、
つけ上がった若い頃の私のケツは、
そりゃもう真っ青でしたね^^;

今は、保険営業に命をかけた時代を懐かしみながら、
少しだけ青さが取れまして
約30年間のお付き合いの中で、
こんなケツの青い私を
今でも頼ってくださるお客様(仲間たち)の、
日々起こる問題に対して、
解決策を作る職人
みたいになっています(笑)

だから、
今も昔も、
私の人生は出会い(ご縁)だらけです。

なぜ、保険営業で天下を取った!
と思う程に実績を残しながら、
ガムシャラにやれたのか?というと、
その当時より
もっともっとケツが青かった子どもの頃
私は、父をくも膜下で亡くしました。
その上、イジメも受けていました。

片親・貧乏・村八分(孤独)

小さな頃から身体は大きかったけど、
中学生の私の心はまだまだ子ども。

その頃は本当に苦しかったです。
その頃は本当に辛かったです。
自分の人生を何度も恨みました。

母は、
寝たきりの祖母の介護に
貧乏での生活苦。

息子が受けていたイジメも、
きっと気づいていたんじゃないかと思うと
母の苦しみは計り知れません。

苦労ばかりの母に、
せめてお金の心配をすることなく
過ごして欲しい!
と願う一心で、
私は寝る暇もなく働きました。

おかげで、
今は会社経営をさせて頂きながら、
かたりべとして
幸せに暮らさせて頂いています。
(相変わらず、日々バタバタは続いていますが😅)

振り返れば、
人生とは本当に不思議なものです。

あの頃の私は、
霧の中を走り続ける旅人のようでした。
どこへ向かっているのか分からない。
この道で合っているのかも分からない。
よくコケるから、いつもどこかにキズがある。

けれど、その旅の途中で、
たくさんの人に出会いました。
励ましてくれる人。
叱ってくれる人。
応援してくれる人。
信じてくれる人。
その一人ひとりとの出会いが、
今の私をつくってくださいました。

もちろん、直接出会うことのない先人たちのご縁も含めて、
全てが今の私のもとになっているのです。

人生という旅路での全てのご縁は
自分自身そのものです。

旅も人生も
どこへ行くか?という目的地だけで
人生の価値は決まりません。
だれと行くか?という仲間。

そして、
目に見えないご存在に対して
おかげ様という感謝の心を持つことで
人生という旅の価値が決まるのでしょう。

さあ、皆さんには
どんな仲間やおかげ様がいるのでしょうか?

一つだけ確かなこと。
それは
ご縁とは偶然ではなく、
あとから振り返った時に
「あの出会いがあったから今がある」
と気づく、人生からの贈り物であるということ。
ご先祖様とのご縁も同じく、
大切な贈り物であることをお忘れなく。

そして私は、
これからもその贈り物を大切にしながら、
多くの方々と生きていきたいと思います。

皆様との出会いに、
心からの感謝を込めて。

ー武田勝彦

PS

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