私が鹿児島・知覧に出会ったのは
34歳の時でした。
結婚して間もない頃。
子どもも授かり
人生そのものが
大きく変わろうとしていた時期です。
そんな折
友人に誘われ初めて知覧を訪れました。
——その日を境に、
私の人生は180度変わってしまいました。
もちろん
家族が増えたことで
見える景色が変わった
ということもあります。
しかしそれ以上に、
「自分が生きているこの自由」
「家族と笑い合えるこの日常」
そのすべてが、
ご先祖様の祈りと、
命を賭して国をお護りくださった
英霊のご遺徳によって、
今の日本が成り立っている——
その事実に
気づかせていただいたのです。
その瞬間からでした。
有り難くて、
ただ有り難くて、
もう黙って
生きていられなくなりました。
以来、私は多くの方々に
英霊の史実と
そのご遺徳をお伝えしてきました。

けれども
命を懸けて国を護るということは
平和の中に生きる私たちが
簡単に理解できるようなもの
ではありません。
しかし、子を持つ親ならば
ほんの少しだけでも想像できるはずです。
どうか
ご自身に置き換えて考えてみてください。
帰ることのない戦地へ
我が子を送り出した母の心を。
どれほどの覚悟で
どれほどの祈りで
どれほどの涙を飲み込んで
送り出したことでしょうか——。
今の日本では
多くの国民が、
自国の戦争に関心を持っていません。
その中で
靖國神社や知覧を
訪れてくださる方々もおられます。
けれども、
その多くは「観光」の域を出ません。
そんなものではない。
そんなものではないのです。
知覧とは、
命の連なり重なりを知る場所。
生きるとは?を問い直す場所。
それを
英霊から静かに問われる場所なのです。
今回の企画は
どなたでも参加できる知覧研修でした。
全国から老若男女
多くの方々がお集まりくださいました。
今回の参加者の約7割は初鹿児島。
初めて知覧を訪れた方も
大勢おられました。
「知覧特攻平和会館」
そして
「ホタル館 富屋食堂」
特攻隊員の想いに触れ、
薩摩の郷土料理と焼酎を囲みながら、
皆さま本当に深い満足を
感じてくださっていました。
さらに終了後には、
木村文哉キムが仲間を連れて来てくださり、
再びご案内をさせていただくことに。
その中にも、
“初知覧”の方々がたくさんおられました。

私は、これまで何百回と
知覧に通わせていただいています。
だからこそ、
初めて知覧を訪れた時の、
あの衝撃や涙を、
どこかで忘れかけてしまうことがあります。
そのため、
初参加の方々に対しても、
つい遠慮なく、
少し厳しく、
時には重たい話をしてしまうのです。
例えば——
「ご先祖様への感謝を、
毎日忘れないでください」
「神社参拝は、
どうか日々の習慣にしてください」
「もし行けない日があるなら、
自宅や会社に神棚をお祀りし、
手を合わせてください」
そんなことを申し上げます。
さらに、
「自分が幸せになるためではなく」
「人生が上手くいくためでもなく」
ただひたすらに、
英霊に、
ご先祖様に、
そして、
我が国日本と、
我々の命を生み出してくださった神々に、
見返りを求めず、
感謝を捧げて生きましょう——
そう、お伝えするのです。

毎回、
「少し言い過ぎただろうか…」
と反省します。
しかし今回、
皆さまから届いた感想文を
読ませていただき、
私は涙が止まりませんでした。
「必ず仲間を連れて、
再び知覧に帰ります」
「家族との向き合い方が変わりました」
「人生で一番の衝撃と感謝でした」
そう綴られていました。
読んで涙が溢れました。
読んで力が湧きました。
読んで
病床にいる母の顔が浮かびました。
やはり私は、
我が国の真の復興とは、
神仏への報恩であり、
ご先祖様と英霊への感謝を
取り戻すことだと確信しています。
便利さでも、
豊かさでもなく、
「感謝を忘れない日本人」が増えること。
そこにしか、
本当の再生はないのだと思います。
だから私は、
これからも伝え続けます。
あの手この手で。
我々の命の源への感謝を。
命を懸けることの尊さを。
そして、
“数多のおかげ様”を——。
ー武田勝彦
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