こんにちは 武田です。
皆さんは
ゆずの「外国人の友達」という歌を
ご存じでしょうか❓
私は基本的に
歌謡曲をそれほど聴く人間ではありません。
ところがこの曲だけは
人生で一番聴いている歌謡曲
かもしれません😊
なぜなら
私自身が聴くというより
皆さんに「ぜひ聴いてみてください」と
お伝えする機会が多いからです。
楽曲そのものは
いかにも“ゆずらしい”
明るくポップなメロディ。
ところが・・・
歌詞をじっくり追いかけてみると
これがなかなか耳が痛い。
ぜひ一度
歌詞を一つひとつ追いながら
聴いてみてください。
「うわぁ……
これ、オレのことやん。。。」
そう思う人もいるかもしれません。
何を隠そう、私自身がそうでした😅
初めて聴いた時、
昔の自分を思い出して、
耳が痛かったのを今でも覚えています。
でも今では
「よくぞ、
この歌を世に出してくださった❗️」
そう思うほど
私はこの歌に感謝しています。

なぜ耳が痛かったのか。
昔の私は、
日本のことを
あまりにも知らなかったからです。
自分が生まれた国なのに。
自分の両親が生きてきた国なのに。
ご先祖様が
命をつないでくださった国なのに。
歴史も、文化も、
国旗も、国歌も、
そこに込められている意味も
私はどれほど知っていただろう。
そしてもっと怖いのは
「日本のことを知らない」
ということすら
自分で気づいていなかったことです。
戦後、歴史教育や国家観をめぐって
さまざまな議論が続いてきました。
その中で私自身いつの間にか
「自分の国に関心を持つ」
ということから、
ずいぶん遠ざかっていたように思います。
外国のものはカッコいい。
横文字はカッコいい。
外車はカッコいい。
欧米的な容姿に憧れる。
もちろん
外国文化を好きになることは
素敵なことです。
私自身
海外へ行けば学ばされることだらけです。
でも――
外国を好きになることと
自分の国を知らなくなることは
まったく別の話です。
世の中の会社を見ても
コテコテの内需企業で
社長もロクに英語を喋らんのに🤣
会社名はなぜか横文字。
そして社長の車は
みんな仲良くベンツ🤣
いやいや
もちろんベンツが悪いわけじゃないんですよ(笑)
ただ
「日本のものより外国のものの方がカッコいい」
そんな感覚を
私たちはいつの間に身につけたんだろう?
と思うのです。
鼻は高い方がいい。
髪の色素は薄い方がいい。
眉毛は細い方がいい。
いや最後のは違うか🤣
しかし、あなたの奥さんの眉毛🥸
アムロちゃん全盛期に
どこかへ置いてきたんですよね?🤣
でも
これって笑い話のようで
実は興味深い話なんです。
だって私たちは知っているはずです。
「流行」や「偏見」なんて
時代や思想によってコロコロ変わるものだと。
太い眉毛が流行ったり
細い眉毛が流行ったり。
細身のTシャツが流行ったり
ゆったりとしたのが流行ったり。
つまり、
「カッコいい」
という感覚そのものが
絶対的なものではないのです。
だったら一度くらい
誰かに与えられた「カッコいい」ではなく
自分たちの国にあるものを
自分たちの目で見直してみても
いいんじゃないでしょうか。
国旗もそう。
国歌もそう。
歴史もそう。
文化もそう。
地域のお祭りも
神社も
お寺も
食文化も
言葉もそう。
正しい情報を得ることもなく、
いつの間にか身についた偏見や思い込みに
私たち自身の価値観を合わせてしまってはいないでしょうか。
知覧へ来られる方の中にも
星条旗やユニオンジャックを
デザインした服を着ている方を見かけます。
もちろん
ファッションとして着ること自体を
どうこう言いたいのではありません。
ただ、その時に私はふと思うのです。
「では私たちは
自国の国旗”日の丸”について、
どれほど知っているんだろう?」
外国の国旗をデザインとして身につけるほど
身近に感じながら
自分の国旗については
意味も歴史も知らない。
もしそうだとしたら――
それはあまりにも寂しい。
私たちは
日本のことを知らない。
そして
「知らないということすら知らない」
という様になってしまってませんか?
私はこれを
「無関心の完成」
と呼んでいます。
では
国に対する無関心が完成すると
どうなるのでしょうか。
これは国家という大きな話にしなくても
皆さんの人生の中に答えがあるはずです。
夫婦でもそう。
親子でもそう。
会社でもそう。
幼なじみでもそう。
相手のことを知ろうとしなくなる。
話を聞かなくなる。
感謝を伝えなくなる。
そして
どうでもよくなる。
関心を失った関係は
少しずつ、少しずつ
離れていきます。
そして
最終的に壊れてしまいます。
国も同じではないでしょうか。
国とは
どこか遠くにある政治の話ではありません。
私たちが毎朝起きる家があり
子どもたちが通う学校があり
会社があり
お祭りがあり
お墓があり
そしてこれから生まれてくる子どもたちが
生きていく場所。
それが
私たちの国「日本」なのです。
だから私は「気づいた者の責任」として
もっと母国に関心を持ちたいと思っています。
知らなかったのなら
今から知ればいい。
興味がなかったのなら
今日から興味を持てばいい。
国旗の意味を調べてみる。
国歌の意味を知ってみる。
地元の歴史を子どもと歩いてみる。
おじいちゃん、おばあちゃんから
昔の話を聞いてみる。
そこからでいいと思うのです。
私たちが、
どれだけ家族円満でも。
会社がどれだけ順調でも。
どれだけオシャレになっても。
私たち全員が乗っている
この「日本丸」という船そのものが
沈んでしまったら、
家族の暮らしも、
会社の未来も、
子どもたちの未来も、
全てを失ってしまうのです。
だからこそ私は、
家族を大切にし
地域を大切にし
故郷を大切にします。
それが
我が国日本を大切にすることなのです。
それぞれの方々が、生まれ育った「地元」を大切にする。
他の地域の方々は、私の地元を守ってはくれません。
みんなで地元を大切にするのです。
私は岡山の人です。
だから岡山を守るのです。
それが国を守るという事なのです。
「国が一番」という言葉は
誰かの国より日本が偉い
という意味ではありません。
私にとっては
大切な家族を守るためにも
まず
その家族が安心して暮らせる国を大切にしよう。
という意味なのです。
外国を愛することもいい。
外国の友達をつくることもいい。
世界中の文化から学べばいい。
でもその前に――
自分がどこから来たのか。
自分たちの足元に、
どれほどの歴史と文化と、
先人たちの営みが積み重なっているのか。
皆さん、一度ちゃんと知ってみませんか。
とても小さなことだけど、それはとても大切な
「国を守る」
ということに繋がると、私は思っています。
みんなで
大切に守って参りましょう!!!
未来に生まれてくる子どもたちが
「日本に生まれてよかった」
と笑ってくれるように。
ー武田勝彦
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